徳島県阿波市土成町樫原にある「樫原神社」です♪
「歴友」(笑)・・・の「ぐーたらさん」が、今日「樫原神社」でお話をすると聞きつけ・・・行って来ました♪
阿讃山脈、御所山の麓近くの「鈴川谷」に鎮座する「樫原神社」です!!
「土成村史」によると明治32年、山岳崩壊によって神殿・樹木が埋没し、現在地に仮殿を建てたとされます!!
奈良県橿原市の神武天皇を祀る「橿原神宮」は、明治三十二年の創建ですが、この「樫原神社」は天保十二年(ぬゆぅぬねん)の棟札が残っています!!
「二の鳥居」の扁額には「鈴川神社」とあります♪
狛犬も下には「天保九年」の文字が・・・!!
こちらには・・・「樫原氏子謹敬建立」とあります♪
「道は阿波より始まる」 阿波風土記伝承と磯上乃古事記 その一
に、「樫原神社」の事がこのように書かれています。
樫原大明神
明治二十二年建立された奈良県橿原神宮とはわけが違う古社、嵯峨天皇勅命、空海建立の白蛇山法輪寺が摂寺。
阿波国阿波郡、邇岐速日命、伊加々志男の支配地、奈良山の東峰、御諸村宮河内谷に接した瀬戸内への交通の要地にも当る鈴川山に鎮座しています。
祭神は、神倭伊波礼比古といわれていますが、どうも近世いわれ出したように考えられ、元来は式内社事代主神社が山上にあったの説もあります。
また、この項に登場する人物総て事代主命に関わりある人々で、事代主命の謎がついて回っています。
いずれにせよ、この鈴川山の柏原第実用心は古より奉祀されていたのには間違いありません。
奈良県橿原神宮が建立されて後の と、この峯で大爆発の如き音響とともに山崩れ起り、この神社、谷の中に埋もれてしまいましたが、村民が彫り出し再建されています。
山崩れが起こるような地形でもなく、私は未だに不思議に思っています。
午前10時半過ぎ、「土御門ウォーキング」の皆さんがやって来ました!!
「ぐーたらさん」による「樫原神社」の説明が行われました♪
本殿の西にある小祠!!
地神塚が二つありました!!
神武東征ら説話は、ここ阿波の吉野川下流、南岸勢力が北岸勢力を従属させた歴史の記憶なのです♪
(●^o^●)♪