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Channel: すえドンのフォト日記
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「安房国・上総国の旅」-24♪宮下の式内社「莫越山神社」♪

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今回の旅で借りたレンタカーのホンダ・ライフです♪

今回は山の中もよく走りましたが、燃費もリッター20kmいきました!!

ここは、千葉県旧安房郡(現南房総市)丸山町沓見(くつみ)の式内社「莫越山(なごしやま)神社」の駐車場です♪

このあと、同じ丸山町の宮下にある、式内社「莫越山神社」へ向かいます!!



国道410号を久留里方面に向かって走っています♪

丸山川の上流、゜宮下地区の通称「中森」には、「沓見」とともに式内社に比定されている「莫越山神社」がありま!!



その背後には、渡度山(とどやま)と呼ばれる標高120mの莫越山があります。

さらに北の筒井山には「奥宮」があり、昭和初期まで、7月の夏祭りに奥宮から「莫越山神社」に御輿が出ていて、祭礼が終わると再び奥宮に返納されていました!!





ここの石灯篭が見事でした!!





石のこの彫刻・・・千葉で見た彫刻は、どれも素晴らしいものばかりでした(*^_^*)!!











祭神は「手置帆負命」(たおきほおいのみこと)・「彦狭知命」(ひこさしりのみこと)です。



由来は、「莫越山神社記」や「莫越山神社往昔記」等によれば・・・

神武天皇辛酉元年の創立で、「延喜式」神名帳の安房国朝夷郡条にある「莫越山神社」に比定されます。

祭神は「手置帆負命」と「彦狭知命」の子孫「子民命」と「御道命」であり、両神はかつて相殿に祀られていました。

「古語拾遺」の「造殿の斎部」条には、

「天富命(天太玉命の孫なり)をして、手置帆負・彦狭知の2柱の神が孫を率て、斎斧・斎鋤を以て、始めて山の材を採りて、正殿を構り立てしむ。

所謂、底つ磐根に宮柱ふとしり立て、高天原に摶風高しり、皇孫命のみづの御殿を造り仕え奉れるなり。

故、其の裔、今紀伊国名草郡御木・麁香の二郷に在り。(古語に正殿は麁香と謂ふ)

斎部の居る所は御木と謂ふ。

殿を造る斎部の居る所は麁香と謂ふ。

是其の証なり。」

とあります。

手置帆負命・彦狭知命の末裔が、紀伊国の名草郡の御木(みき)・麁香(あらか)に居るとあります。


この2神は、阿波忌部の分派であると想定されることから、阿波忌部は、紀州の名草郷に立ち寄り、阿波忌部
の分派を置きながら、天富命と房総半島へ渡航したものと考えられます!!

付近の地名には、渡度、狐座、御木の三官林があり、字名には、名草、麁香、斎戸、禰宜澤、斎部屋敷があり、忌部族が居住していたことを証明しています。







このあと、山越えをして木更津駅前のビジネスホテルに帰りました♪

(#^.^#)♪

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